星野村のもう一つの星 その3

 野球好きのY君は、慶応大学に入学すると、S・L・C(軟式野球同好会)のサークルに入った。新聞配達のため、平日の練習には参加出来なかったが、日曜日に行われる試合の応援には必ず参加した。日曜日には、夕刊の配達がないので、遅くまで応援が出来るからである。
 練習後の懇親会は日時が分かっているので、その日の夕刊を急いで配達して参加した。先輩や後輩たちとの絶好の交流の場であり、本音を出して語り合うこの懇親会での飲み会には、一次会、二次会と最後まで付き合った。終わる頃には終電車がなくなり、目黒通りを一時間も歩いて店に帰ると午前二時、うとうとと仮眠しているともう午前四時には朝刊を配達せねばならない。ねむい目をこすりながら、まだ明けきらない暗い夜道を、自転車をこいで配達して回った事が何度もあった。
 三年生になって選択した「計量経営学」のゼミのソフトボール大会には欠かさず参加した。新聞配達で鍛えていたためか、つねにレギュラー・クリーンアップを任されて善戦健闘した。このようにしてY君は、スポーツや懇親会での飲み会を通じて、多くの優れた先輩を知り、後輩には先輩としてご馳走を振舞ったりして、豊かな人間関係を幅広く構築していった。
 一方、アルバイト先の新聞店では、毎年夏に十個所もある専売所相互間の軟式野球大会があり、Y君は四年間を通してキャッチャーをつとめ、四番打者であった。新聞業務以外のアルバイト先では、商用でやって来るメーカーの人々とも親しくなり、大学の講義では聞けない、その人達の貴重な体験談の数々を聞き、啓発される所が多かった。
 こうしてY君は、慶応大学商学部の四年間を順調に進み、卒業論文のテーマに「ベンチャー企業の成長要因」を選んだ。いま、世界に誇るソニー、トヨタ、松下等の、かつてのベンチャー企業が、どのようにして現在の大企業にまでのし上がっていったか、その成長過程をつぶさに分析研究し、Y君がやがては目指すのであろう「X」(エックス)の基本的要因を、頭の中に叩きこんだ。
 卒業するに際しY君は、大阪での予備校時代から大学卒業までの五年間、自分が家を不在にしたために、苦労をかけた母親と、二つ違いの弟に、最大のプレゼントをしようと考えた。長い間頑張ってきた新聞業務も、四年生の三月二十日ですべて終了するので、母親と弟に東京まで来てもらい、大学の卒業式が終わった三月二十二日の夕方から、二人を四泊六日のハワイ旅行に連れていった。もちろんこれらの経費は、Y君が新聞業務やその他のアルバイトで働いて貯めていたお金ですべてまかなったのである。
 母親と弟にとっては初めての海外旅行であった。コバルトブルーに果てしなく広がる大空の下のワイキキ海岸で泳いだり、ダイヤモンドヘッドが眺望できるホテルのテニスコートで、弟と二人でテニスに興じたり、ハワイ最大のアラモアナショッピングセンターで親子水入らずの買い物を楽しんだりしたことは、三人にとって、終生忘れる事の出来ない思い出となった。
 しかしながら、予備校と大学四年間の青春時代を、百二十パーセント出し切って頑張って過ごした疲れが、大学四年生の半ば頃からY君の健康に次第に影を落とし始めていた。