[目次]
      生きるも大変 死ぬも大変

匿名希望

 長く一人暮らしだった母が亡くなった。八十路を数年前にしての最期である。

 もう少し生きてほしかったと思う気持ちもあるが、年金も掛けた以上貰ったし、余り苦しまず逝ったことを考えれば、良しと諦めねばなるまい。

 一人暮らしが気楽でいいという母の言葉をよいことに近くに居ながら月に一度ぐらいしか顔を見せていなかった。

 つい三月程前、少し様子がおかしいと気付いてからは、できる限り家庭介護をしてやろうと自分なりに努力した。

 しかし、慣れない者の哀れ、このままでは自分の体がもたぬと十日足らずで音を上げてしまった。設備の整った病院で、主治医を始めスタッフの手厚い看護で一時は日に日に快方に向かった。

 老いて病んだら家で家族の温かい世話を受けてという理想を描いていたが、家族にはそれぞれの暮らしがある。仕事・家庭を犠牲にして、病人をバリアフリーなど無縁の家で見るには限界があることを思い知らされた。家庭と病院(施設)の設備の差、素人とプロの介護の差などを考えれば、自分も終は施設のお世話になることになるのだろうか。

 この分だと間もなく家に帰れそうだと安心したのも束の間、病床生活二ヵ月過ぎた頃から、一進一退の病状が少しずつ重くなる。当初は点滴だけだったチューブの数が少しずつ増えてくる。

 どこまでが治療の為の手当てでどこからが延命の為の装置なのか。いつかは果てる命なら、どうせ回復の見込みのない体なら、瘠せ衰える前に安らかに終わらせる方が本人のためにいいのではと思いつつも、一生懸命やって頂く主治医に対して言い出せなかった。

 通夜、葬儀、初七日とアッという間に済ませ、子ども一同で今後の法事の打ち合わせ。何と仏事の多いことか。冥土への旅も幾つものステップがある。突然幾らかのの遺産を前に仲良く平等に分けろといわれても……。こんなことなら元気な間に遣うとか、みんなに分けてやっておれば、子ども達の世話のしかたも違っていたろうに……。

 生きるも大変、死ぬも大変。果たしてどんな決着になることか。いずれにしろ老後は誰にもやってくる。転ばぬ先の杖となるよう、何かと考えさせられた三ヵ月であった。