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      母介護の息子に感動

月足美智子

 今年1月7日のこと隣町の病院で血管造影のため処置室で点滴を受けていた。不安いっぱいで血圧が上り点滴の液が正しいリズムで落ちていくのを眺めていた。二十分位 した時、急患のおばあちゃんが息子さんに連れられ入口のベッドにこられた。処置が終わったらしく息子さんが母親に「ああ、よかったね。もういいよ休まんね。」と優しい声でいたわってあった。

 しばらくして、看護婦さんが「紙オムツを」と言われると、息子さんは「はい。すぐ買ってきます」と急いで出て行かれた。お母さんが時々「あっ痛い」と言われると「どこね。ここね。よしよし、すぐよくなるよ安心せんね。」の声にお母さんは「すまんね、すまんね。」「ありがとう。ありがとう。」とはっきりしない言葉で息子さんに感謝の言葉を言われると「なんばいっとるね。僕は息子よ。当り前のことよ。そんなこと言わんでいいよ、息子に甘えんね。」と言われた時、私は「この息子さんは優しい人なんだな」と思い顔を見ようとするが、両手は動かすこともできず真上を向いたままストレッチャーにのせられていたので親子の会話だけ聞いていた。

 おむつをかえる時、お母さんがまた「ありがとう。ありがとう。」と言われると「お母さん僕も赤ちゃんの時、お母さんからこうしておむつをかえてもらったろうが、今度はお母さんが赤ちゃんになるとよ。お礼なんか言わんでいいよ。」という言葉を聞いた時、思わず涙が流れて仕方なかった。胸がこみあげた。これが本当の親子なんだ。久しぶりに親子らしい会話を聞いた。今の時代、こんな言葉は消えつつある。涙をふこうと思っても手が動かせないので顔中涙でグチャグチャになった。

 一時間ぐらい経ってお母さんが落ち着かれた頃、息子さんが立ち上って私の方に向かって「すみませんね。やかましかったでしょう。お騒がせして本当にすみません。」と、ていねいに挨拶された。私は「いいえ、とてもほほえましく話を聞かせていただいていましたよ。感心ですね。ずっと看病していらっしゃるのですか。」と訊いたら「はい、やっぱり母を自宅で看てやりたいのです。そうしないと先で僕は後悔すると思うのです。家内には今まで苦労かけてきましたから、僕が55歳で退職して看病することにしたのです。」と話され顔は笑顔いっぱいで輝いてみえた。サラリーマン風の上品な優しい感じの人だった。本当に頭の下がる思いだった。

 私はすっかり血管造影への不安も点滴していることも忘れていた。普通は自分の家族の看護でいっぱいなのにちゃんと点滴している同室の患者さんに「お騒がせしてすみません」と気を配られる人は少ない。やはり心から優しさのある人だとほのぼのとした思いだった。

 今の時代こんな言葉を母親に言える人が何人いるだろうか。「あたたかなもの」をもらって病院から帰ってきた。

(黒木町)