名前の呼びすて
原田八重(志摩町)著
「長針だけの時計」より
 昨日のことである。夕ぐれのいなか道を帰っていたら、目の前を三人の女子中学生が別れた。十メートルも行ったかと思うとき私の前の一人が「ジュンコ!」と大声で叫んだ。ジュンコさんがふりむいた。
 私はいま、女子生徒の名前の呼びすてが気になって仕方がない。折りにふれて注意はしている。半年くらい前に、ある一クラス全員に、名前の呼びすてについて聞いてみた。「呼びすての方が親愛感がある」という感想が出てきた。また私の注意については、母からは時々注意されるが、先生からは初めてであるとものべた。
 実は、私は一人のお母さんから次のような相談を受けたことがある。「娘の友だちが、へいの外から大きな声で、呼びすてで名前(姓名)を呼ぶのです。娘も、よそであのようにしているのではないかと心配しています。うちでもよくいいきかせておりますが、先生も何かの機会に教えてやって下さいませんか。」もちろん女友だちである。玄関からは来ないらしい。近所の手前、何とも恥ずかしくてともいわれた。私は「あなたは、よそのうちをたずねるとき、ちゃんと玄関から入らずに、へいの外から呼ぶそうですね」というような、まずい注意はしなかった。その生徒は家庭でいままで教えられていなかったわけである。
 最近のテレビ番組で、女子生徒、学生が、友人を呼ぶのを特に注意して聞いている。呼びすてが多い。「ハラダ」「ハラダくん」「ハラダさん」は私が女学生のころの男の先生の呼び方。「ハラダさん」「ヤエさん」「ヤエちゃん」は女の先生、友人。あのやさしい呼びごえが、いまの生徒になぜないのだろうか。呼びすてが気になるのは私ひとりだろうか。

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