子育てサークル


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グリーントマトの子育て日記
    親バカの悩み

志穂  

 息子が小学校を卒業する時、担任の先生から「息子さんは人に流されない強いところがある」と、言われた。私は心の中で「やった!」と、ガッツポーズをした。なぜなら、私は常に子供に言い続けてきたことがあるのだ。「人と同じじゃなくていい。逆に人と違うことをした方が良い時だってあるよ。人は人、自分は自分よ」と……。人と同じような絵を真似て描いたり、人に同意ばかりをしたり、自分の個性、意見を持たない人間にはしたくないという思いが私の中にずっとあったのだ。出る杭は打たれ、人と同じことをするのが美徳とする日本人の雰囲気も好きではなく、現にニュースなどでアメリカの子どもはマイクを向けられてもきちんと自分の意見が言えるのが羨ましかった。男の子でもピアノを習いたかったら習えばいいし、女の子でも相撲大会に出たかったら出ればいいと、昔ながらの周囲の目をかまうことなく育ててきた。
 ところが、息子が中学に入り、私は今少し戸惑っている。これまで私が息子に言ってきたことと正反対のことを強いらなければならない。人と同じにすること……。
白と決まっている通学靴。履きなれた靴がいいと息子が履いていった靴は、ややクリーム色がかっていると先生から却下された。そこまでは仕方ないが、下着の胸のところに英語の文字があるからと、持っていた下着は全部真っ白に買い換えさせられた。下着までの規則があるとは聞いていない。また、髪の毛は、「太陽に当たると赤い部分があるから染めていないか?」と、疑われ、当然本人は染めていないと言ったが、「次に検査した時に黒かったら嘘ついたことになるぞ」と言われた。女の子は前髪をピンで上げることも許されない。どの子も同じように前髪を下ろし、下は二つ結びだ。
 小学校の頃は、炎天下ではいつも帽子をかぶっていた息子。中学の制服には帽子はない。体育の授業ですらかぶらない。これだけ服装にうるさいのなら、頭を守る帽子の大事な意味を子ども達に呼びかけてもいいのではないかと先生に質問した。返事は即答、「言っても誰もかぶらないですよ」と笑われた。紫外線の影響や熱中症がこれだけ騒がれる時代、見た目ばかりを重要視した服装規則なんだなとがっかりした。
 通りがかり体育の時間を見学すると、全員が規則正しい間隔で整列して片足両腕を上げて何分も立たされていた。きつくて泣き出す子もいたが、その子の班はさらに延長される。まるで軍隊のようだとぞーっとした。
 そうなのだ。爪の先から足の先まで全て全員が同じ格好をして良しとされる教育。それが現在の中学校の教育だったんだと改めて感じた。臨機応変はなく、与えられた服装をし、与えられた格好での我慢を学ぶ体育の授業。自分の意思を表す気持ちが摘まれていかないだろうかと心配になる。厳しくしなければちょっとでも目立とうと服装を乱したり規則を守らない子が出てくるから……と、学校側の理由は聞かなくてもわかる。規則や服装を守らねばならないのも最もだ。しかし、あまりにも細か過ぎる縛りに親の方が戸惑ってしまった。次第に子ども達は細かいところまで人と同じにすることに安心感を得るようになりはしないか。人と違えることを悪とする雰囲気、人と同じ無難さが良しという価値観、それらを持たされて大人になっていくのではないかと怖くなる。見た目や考えが皆と違う人に対する差別の目はそうしてできてくるものだ。そして、やっぱり出る杭は打たれ、人と同じことをするのが美徳とされる日本人になっていくのだろうかと、親バカかもしれないが不安を感じずにはいられない。人はそれぞれ違っていることを認め合う教育も行なわれていると信じたい。



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