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グリーントマトの子育て日記
泣いた赤鬼
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人間と友達になりたくて、わざと悪者に扮してくれた親友の青鬼を退治する赤鬼。その芝居のおかげで赤鬼は人間達に好かれるようになるが、青鬼は自分と赤鬼が仲良くしているところを人間に見られてはまずいと、赤鬼を思いやって姿を消すという話。子どもが保育所時代に読み聞かせをしながら、青鬼の友情の深さが切なくて涙で声が詰まって最後まで読めなかった。
子どもは小学5年生となり、久しぶりに劇でこの話に再会した。ところが今回は疑問が残った。悲しい結末にならないために、じゃ赤鬼はどうすればよかったのか?
やっぱり友達はたくさん欲しい。しかも、今まで誤解され敬遠されていた人間達と理解し合えたらどんなに嬉しいか。「おいしいお茶とお菓子を用意しています。どうぞお立ち寄り下さい」。家の前に立てた赤鬼のこんな立て札は、私の心にも立っている。それでも鬼の形相のせいで警戒され受け入れられないのなら、私も青鬼の何らかの力を借りるかもしれない。皆に自分を理解してほしい、愛されたい、その欲求は誰にでもあるはず。人間と友達になった赤鬼は、人間が自分の家を訪ねてきてお茶を飲みいろんな話をしながら喜んでくれ、人間の話に世界も広がり、楽しくてたまらなかったに違いない。それは私にとっても同じだった。環境も年齢も違う友人がたくさんでき、自分を頼りにされ、必要とされ、自分の存在を喜んでくれるなんて毎日が楽しくてたまらなかった。だが、それは長くは続かなかった……。
赤鬼はそれにより大事な親友をなくしてしまう。親友の青鬼と人間の友達とが共存することはできなかったのか?多くの人と友達になれたと思ったのは私の勘違いだったように、所詮、人間と鬼の共存は無理だったのか?と、悲しくなった。
ある在日朝鮮人の友人と、この物語について話をした。彼は韓国人というだけで日本人から違う目で見られ、誤解され警戒され数々の差別を受けてきたという。「自分だったら無理して友達になりたいとは思わない」と……。国籍や歴史が皆と違っている、そんな人との繋がりも難しいものなのかと、やはり悲しくなった。彼が言うように、赤鬼も無理して周囲に媚びずに黙々と生きていればそれでよかったのだ、そう思う反面、それでは寂しすぎないか?そんな気もして……答えが見出せない。
(志穂)